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正解じゃないと怖い

26歳のカルテ

気がつけば、4半世紀を超えて生きてしまっていました!怖い!

私は物心ついた頃から、あまり自分がこれから先を生きる想像ができませんでした。*1

将来の夢、中学生くらいで多分書くことを強要される80歳を死の目安とした将来の線表、就活や転職の際・同世代の友人との会話で、今後の人生をどういった方向に進めたいか、人生の目標は何かなど、ほぼさっぱり想像できません。

これは、私に「自分を自分で生きている感覚」を他の人より認識できていないからなのか*2、義務教育前からの「私はなぜ人間を選択して生まれたのか?」という問いに仮説さえ立てられずにいることが問題なのか、と無意味なことをぐるぐる感じています。

私は高いところが苦手です。が、「鳥に生まれたかったなぁ」と問いが発生した当初は考えていました。子供っぽい・回答のないであろう問いを生むほどに「自分という存在が人間であること」に違和感を感じていたのでしょう。今も考えます。想像より高く飛ぶことはできないのに。

私の人生の想像は、25歳で止まっています。ので現在は、アディショナルタイムなのです。
以下に「なぜ25歳なのか」という、超個人の偏見とトンデモ妄想のまとまりのない言い訳を記します。

義務教育から高等教育までなんとなく、周りの人に合わせて、最小の労力でのMAX値のリターンを得られるよう流されてきました。

その流れの中で、色々な物事に関心を持たざるを得ない教育課程にさらされたためか、
この世には知らないことが沢山あり、でも全てを知ることは不可のであるもの、もう手を伸ばすことはできないかと、この世の私の未知の部分を知りたい・考えてみたいなどと、
薄らぼんやり空想し*3、それっぽい大学院に進んでみようかなと少し想像を羽ばたかせてみました。

しかし、その貧弱な想像では、脆弱な身体に簡単に負けやがりました。
ちょっとタイミングが合わなかったことを言い訳に、諸々のお怠けを許し、
どんぶらこと周りに流され就活に精を出し、最小の労力でMAXのリターンを得られそうな確約を見つけて、適当に卒業しました。*4

結局、狡いことした結果は流れ着くところに流れ着くものです。
少しの間、面白いこともありましたが、そこも中途半端にやり過ごしていたことを当時から悔いつつ、頑張らない選択をしていたようにしか思えません。

あれ、大学院で少しでも多く知らないことを知ってこねこね考えるぞ〜と思っていたのに。
あれ、25歳まで大学院で何かしらに勤しむ想定だったのに。
あれ、あれ、あれ。大学院行ったとして、その後どうするつもりだったんだろう。あれ?

大学を卒業し、社会の波にうわ〜っと流されつつ、先のこと、おそらく死んでしまわないことから目を背けていましたが、それでもあれあれ混乱したまま今日この日。
想像のルートから外れたのは振り返っても悔いるのみなので、お気楽に見逃すこととしても、現在から墓まで続く、アディショナルタイムの扱いという不毛な不安が私を放しません。

サッカーであれば、勝っている・引き分けている・負けているのざっくり3パターンでどうすべきか策略を立てることがある程度可能と考えていますが、
私は適当なところに流れついて、日銭を稼ぎ、使途不明金を払い、いろんな書類を発行して、ざらざら薬を飲み、食べることに飽き、なんの基準もなくソファに腰掛けています。

出身大学の優劣、仕事の業績と年収、ルックス、性格とかいう謎のものなど、外界からいろんな査定を受けることはあるので外部基準はありますが、それは私に内在化されていません。
評価が高い天上人を見上げるとキリがないので、ひもじさを嘆き暮らさず社会に所属している今、あまり大きな問題にはしないことにしています。まさに先が想像できていない。

安いソファはすぐダメになります。けれど、明日ソファに座る私を想像することができないので、今なんとかソファと呼べるものに沈み込み、脳みそもすっかり諦めモードです。

統計通りの60年ほどの生命を、安定した不安定を保てるのでしょうか?
なげぇ〜〜〜

*1:それなのに、社会ったらそれを求めてくるので無事に沈み込んだ日々を送っております。

*2:実際アンケートとかを取ったわけではないのでわかりません。もし読んでいるあなたという存在があれば、あなたはどう感じていますか?

*3:これは本音でもあり、建前でもあります。苦労しなかったツケの領収書の精算が行いたいというのが最大の理由です。

*4:以前どこかで触れた可能性が高いですが、卒論の査読の際、副査を担当してくださった方から「あなたにはライバルがいた方が良かったのかも知れませんね」と、どんぶらこ怠けを指摘されました。